Wunderbarな日々

妻子連れ30代生物系ポスドクのドイツ滞在記です。

海外で職探し(1)

ポスドクも6年目に入ったことだし、そろそろ次のステージへ行きたい頃です。ドイツ留学後の論文が1報出て、2報目がリバイスにかかったぐらいですので、まだまだ条件は整っていませんが、どの人に聞いても、まずはこいつが就活してると認識してもらえるのが大事だと言いますので、いくつか応募してみました。あまり成功談でもありませんので、ひけらかすほどのことでもないですが、誰かの役に立てれば…?

まだ海外学振の任期が2年はある頃でしたので、とりあえずは独立ポジションねらいです。幸いヨーロッパだと定期的にそういうポジションの公募はよくあり、国内よりはチャンスがあるイメージです。ということで、ひとまず海外から探し始めることにしました。

 

・1~3戦目

子供のことも考えると、とりあえずはドイツ語圏内に狙いを絞って探します。情報源は今やすっかりTwitterがメインになっています。大概は一番情報が早いです。領域のインフルエンサー(?)的な人を何人かフォローしておくと、大概の公募情報は手に入ります。CVと、研究計画と、各大学の様式を埋めて、カバーレターを添えて応募します。朱書き書留は一個もありませんでした。すべてメールです。いやほんと、日本の応募システムなんとかならんかな。。。論文の別刷を印刷してくれとか今時、、、以下略。

アメリカとは文化が違うようで、婚姻状況や子供の数は普通に聞かれます。インパクトファクターからのh-indexとか、引用数も書けとのことです。応募する方が四の五の言っても仕方がありませんので、素直に応じます。他のところに応募して何位でしたか?という枠もありました。ドイツの教授ポジションだと、最終選考まで残った人には順位が付され、上の順位の人から順に交渉していくのだそうです。日本的な考え方だと、他のところにどう応募しているかは、隠したくなってしまいますが、ボス曰く、これはどちらかというとアピールポイントらしい。採る方も引く手あまたな候補者の方が安心するらしい。。。さいですか。

A. グループリーダー   5月応募→6月 不採択通知

B. グループリーダー 9月応募→9月 不採択通知

C. W2プロフェッサー 9月応募→10月 不採択通知

それなりに時間をかけて準備したつもりでしたが、すべて書類落ちで、箸にも棒にも掛からない感じでした。

 

・4~6戦目

Cに応募するあたりでさきがけが内定。ボスも「こりゃチャンスあるかも」となって、いろいろと参考例を見せて、本気で書類の手入れをしてくれるようになりました。

指摘ポイントとしては、まず写真を撮りなおせ。これまでは自分で撮った日本の履歴書風の写真を使っていましたが、これはいけてないとのこと。思うに、これは見た目がどうのということではなく、欧州・ドイツの文化知ってますよというメッセージなのかなと思います。ヨーロッパの慣習や文化に対して気もかけない人だというのは、これからの同僚を選ぶ際にはマイナスポイントなのでしょう。実際、他の参考例から日本の履歴書風の写真は見たことなく、皆さん斜め上から撮ったり、満面のスマイルだったりといろいろですが、個性豊かな写真でした。そういうことなので、プロの方に撮っていただきました。

次に、CVはもっと自由に、アピールしたいことは読みやすければいくら書いてもいいよとのこと。大学のポジションは教育も大事なので、指導した学生や、担当した実習などは細かく羅列し、教育に関する考え方なども数パラグラフ分は書いたほうがいいよとのこと。そういうのは応募要項に書いてなくても、書いてマイナスになることはないからだそうです。ついつい要求された必要項目だけ書いてしまうのですが、そういうものじゃないらしい。論文リストも、ただ羅列するだけじゃなくて、重要な論文はどれか、簡単な説明とか、申請者の役割とか、この論文をどう捉えているのとか、いろいろ織り交ぜて、自分を売り込まないといけないらしい。たしかに、日本の公募によくあるような字数制限はほとんど見かけませんし、様式もほぼ自由なことがほとんどでした。志望動機みたいなことは、カバーレターで丁寧に説明します。元ボスから、どう袂を分かつのかも気になる点なので、よく説明します。

研究計画は4、5ページもあれば十分だが、大体はスタッフ(ポスドクか博士課程の学生)2人ぐらいの人件費はつくので、それに見合うようなスケールで。応募先でどういう共同研究が考えられるかはよく練っておくこと。長期の展望も書いておく。学位の証明書だけでなく、学部や修士の証明書も添付するようで、大学の成績や、中には高校の成績証明書を添付している人もいたぐらいでした。こんな感じなので、添付書類も合わせると応募書類は全部で2、30ページは軽くいくもののようです。成績証明書は持ってきてなかったので、あわてて大学・大学院の教務掛に問い合わせて、英語で発行してもらいました。

なんというか、僕だけかもしれませんが、申請書類は要求されたものを提出し、様式の空欄を埋めて、聞かれてないことは書かないものだと思っていたところがあって、その辺りは意識を改めないといけないところでした。いろいろな例を見せてもらいましたが、本当にみんな多種多様に自分を売り込んでいました。なるほど。。。そりゃ落ちるわけですな。

 

そんな感じで書類をブラッシュアップして、他の人と見劣りしないぐらいにして、さきがけ研究費のことも織り込み、論文が出そうなところや、最新のデータも織り込み、再び応募。

D. W1プロフェッサー(テニュアトラック)  10月応募→11月 面接へ招待通知→12月面接

E. W1プロフェッサー(テニュアトラック)  10月応募→11月 面接へ招待通知→12月面接

F. グループリーダー 12月応募→1月 面接へ招待通知→2月面接

すると軒並み面接に呼ばれるようになり、教授の指導が効果的めんです。まあ、これはちょっと出来過ぎです。詳しいことはかけませんが、D-Fのなかには、A-Cと同じ研究機関が二つも入っていますので、一回落とされたからといって、気にする必要はないようです。面接にも呼ばれてない申請書なんて忘却の彼方。。。じゃないにしても、誰も気にしないということだと思います。また、ジョブマーケットにいることを認識してもらってるおかげで助かったこともあったようですので、ピンポイントで狙うんじゃなくて、いろいろ申請しておくものだなというのも身に染みて感じました。

そういえば、推薦書があんまり要りませんでした。Dのところだけは、面接への招待通知のときに、推薦書を一通だけ送ってくれとのことでしたが、他のところは結局連絡先だけで、問い合わせは来なかったかと思います。日本だと応募時に推薦書を要求するところもあるので、もう少し応募する方の手間暇も考えてほしいところですね。。。